マチスの[ダンスⅡ]に見られる、調和のためのシンタクテックな技法

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   マチス  ダンスⅠ  ダンスⅡ

ドローイングを描き直すと、線の曲がりを意識するようになる。
一度に意識できるのは一種の曲がり具合だけなので、
その曲線は弧になる。
いくつかの弧のバランスを取ろうとするとき、
弧の延長である円を意識している。
それで円の関係が要状になる傾向がある。
この構造が調和感を出すことに気づいた天才はそれを意識的に技法として取り入れる。
この過程が見られる、いい例がマチスのダンスⅠとⅡです。
左側のダンスⅠの、一番左の裸像だけがはっきりとした線で描かれている。
この描き方ですべての裸婦を描いてみようと思ったのが、二枚目の絵を描く動機であったと想像できます。
右の絵のほうが丸みを帯びて、調和のとれた、リズミックな構成になっている。
輪郭線を弧で置き換えてみます。
六個の円の弧で十分です。
六つの弧のスケールでできていると言ってもいい。

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    マチス  ダンスⅡ  弧のモデル

それぞれの弧を延長して、円-弧のモデルを作ってみます。
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   マチス  ダンスⅡ  円-弧のモデル

ピンクの円が基礎構造となっているのがわかります。
ピンクだけのモデルを作ってみる。
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   マチスⅡ  ピンクの円-弧モデル

円が三つ以上交差する点を要とよんで、十字で示します。
要が線上に並んでいます。ほぼ中央の垂直線上に三つ、二つある水平線の高いほうに四つ、低いほうに三つあります。
画面に完全に入っている濃いピンクの円が二つあり、左の円上に四つ、右の円上に三つの要があります。
さらに右少し下にある薄いピンクの円には、六つの要があります。

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   マチス  ピンクと青の円-弧モデル

ピンクの円の交点に、青の円の要が一致するクロスを明るいピンクにして、
それ以外のクロスを黄色にしています。
一番おおきなピンクの円の弧が基調となって、一番数の多い青の円の弧が、
主調のメロデーのように、調和感を出している。

語られなかった、あるいは秘密にされた技法は美術史の中にどれだけあるのか、予想がつかない。
未来の芸術家にはそれを探る喜びがある。
いまどきの美術、音楽が一見行き詰っていると見えるとしても、
それは商業美術界あるいはジャーナリスチックな雑誌が紹介するものだけが、目に触れるからにすぎない。
テレビ、雑誌、美術展などの時代遅れの芸術環境は、長い間、芸術を生みだしてきていない。
インターネットで、過去の傑作のデジタルイメージを積極的に探して見るだけで、近未来を予想できる。

デジタル時代は真の芸術家にとって、最高の時である。
すでに説明したように、デジタル画像を十分に見れば、写楽が北斎だと、誰でも簡単にわかる。
初期浮世絵、初期ルネッサンス絵画だけでなくロマネスクミニアチュアの画などに見てとれる技法の数々が
発見されるのを待っている。
シンタックスレベルでの発見の時代である。

ルネッサンス期の代数は、
計算試合で、解法を秘密にして計算結果だけを競い合ったというのが始まりだったと言います。
解法の方程式を公開して代数になった。
音楽の記譜法のようなものを誰も工夫して説明しなかったから、美学が学問となれなかった。
インターネットで見られる傑作を、
シンタックスレベルで分析していくだけで、
芸術も科学になる。
画家は、将棋名人のように時代遅れで、
AI 芸術家にかなわない。
過去の将棋の名勝負を知り尽くしたAI がこれまでだれも使ってこなかった将棋の手を発見すると言います。
デヴィッドコープ(David Cope)のエミーがバッハを作れるように、
AIアーテストが写楽やピカソを作ることができるはずです。
さらに一般美学を理解できるように研究が進めば、
まったく新しい作品が可能に違いない。
すべての名人を打ち負かしてしまったら、藤井四段は数学者にでもなるしかない。
若い芸術家も、
論理的思考法を学んで、科学として作品を研究すれば、
実験芸術家としての道は開けるかもしれない。

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モダンアート再考 セザンヌのスケール

感覚器官は外界を単純化して感知する。
音をスケールにとらえて聞くのは自然の性質である。
誰でも曲がりの程度の違う弧を見分けることができる。
同じ曲がりの曲線は円の一部の弧である。
同じ円の弧をいくつか調和的に配置しようとすると、
その基礎の円の関係が、自然に要構造に近づく。
その効果に気づくと、それを技法として使うようになる。
写楽(北斎)や懐月堂は明らかに要構造を工夫として用いたことを、前回までに示しました。
この構造は時間場所を超えて、さまざまな芸術家に発見されたはずです。
その発見過程をセザンヌの作品に探してみます。
セザンヌがシンタックスを使っていそうな絵の、比較的早い時期の絵を選んでみました。

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Cezanne [Basel Five Bathers] 1885-87

セザンヌのこの絵は話題性のある絵でいくつもの画集、本で見る機会があった。
バーゼル美術館所蔵なので、「Basel Cinque Baigneuses (Basel Five Bathers)]として知られている。
”醜いけれども、力強いので気になる”というのが、初期の理解者の感想だったようです。
セザンヌが”(今)芸術に必要なのはプッサンを自然に倣って描くことである。”と言ったそうですが、
セザンヌのほかの水浴画は、自然の光の中にいるように、緑色、青色が優勢の画面なのに、
この絵は褐色がかってほとんどキュービズムの絵のようである。
遠近法に従わない空間の中の、解剖学的プロポーションを無視した裸体が
一般に受け入れがたいのは容易に想像できますが、
輪郭線のかなりの部分がはっきりと黒く描かれているので、
ピカソ、マチスが影響を受けたのはこのタイプの絵だったに違いない。
ポーズの違う五人の裸像のこの絵は、
左下の布はアヴィニヨンの娘を思い出させるし、
左上に垣間見える地面と空の境界線はマチスのダンスを思わせる。
バーゼル美術館の回顧展のカタログに載っているこの絵の見開きに鉛筆のスケッチがあります。
これと絵を比較してみます。

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  鉛筆のスケッチと「バーゼルの五人の水浴者」

輪郭線がかなり無造作な、何本もの線で描かれているから初期のドローイングのようにも見えるが、画面を十六のマス目に分割してある。
それぞれの裸婦の体の部位がほぼこのスケマに従っているので、コンポジションは計画的といえる。
裸像の輪郭線は単純化されて、かなりの部分が単純な弧状の線に見える。
弧に見える部分に弧を描いてみます。

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Cezanne [Basel Five Bathers] arc model

青色の弧が一番多くて目立っている。
各々の弧を延長して円-弧のモデルを作ってみます。

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Cezanne [Basel Five Bathers] circle-arc model

青の円が要構造になっているのがわかる。青の円だけのモデルを作ってみます。

cezannescale4.png
Cezanne [Basel Five Bathers] blue circle-arc model

計画的か、自然にできたかはともかく、要構造になっている。
これに気付いたのがピカソとマチスで、
このセザンヌの影響はキュービズムというよりもアーチズムというべきです。

1890年代後半に作られたリトグラフは署名してあるので、セザンヌがその出来に満足していたといえるから、
その時点での、さらに進化したセザンヌの美学がよく読みとれる。
batherlitho70.png
Cezanne [The Bathers] lithography 1896-97
ボリュームなしで、色も後付けだから、造形的にはセザンヌのもっとも完成した作品と言えます。線の上に弧を描いてみます。

batherlitho70arc.png

それぞれの違いが識別できる大きさの七個の円で、大体の構造を再現できる。
これをスケールと呼ぶことにします。
次に弧を延長します。

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一番大きな緑の円と次に大きなピンクの円が要構造を作っているとわかります。
まず緑の円のモデルを見てみます。

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要が三つその上に乗っている円が二つありますが、それらを濃い緑にしてあります。

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ピンクの円は左下と右中央にグループとなって効果的に使われている。
セザンヌは色をあらかじめ決めてその範囲で配色していったということは”セザンヌのパレット”として、よく知られていますが、
形の最小単位である弧の元となる円の数も制限して構成した。
これはスケールと言っていい。
さらにそれらの円を要状に配置することによるバランス効果にもほとんど気づいたように思われる。
マチスは[ダンスⅡ]でこの技法を意識的に使っている。

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写楽の調和の技法(syntactic device) [写楽は誰]Ⅸ

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写楽「大童山の土俵入り 三部作」
 上 モア美術館 下 Takamizawa's Taisho era Reprint

モア美術館のデジタル映像は枠を切ってきっちりつなげてある
つながるのは柱だけで、大童山の両脇の太刀持ちの背部が、不自然に、細過ぎる柱に隠れれているし、
土俵の両側がないのもおかしい。
全体のバランスも良くない。
子供力士の土俵入りを大人力士が見守るというエピソードを描いてあると知っているから、
柱のサイズにつられて、つなげたのかもしれない。
空間として、またデザインとしてもつながっていない。
これらは下図のように少し離して見るべきです。
大童山の土俵入り、右を見ても、左を見ても力士たちが見守っているという風に、
映画のショットのように視点を三度変えている。
少し離すと、柱に太刀持ちが隠れている不自然さがなくなる。

それでは、別々の紙に描かれた三枚の絵にも関わらず、完璧な調和感はどこから来るか。
バランスの良し悪しを、センスのない人に言葉で説明するのは難しいが、モデルを使うとそれが可能です。

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これらを繋げてみます。
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一番大きい赤褐色の円、次に大きい黄色の円の関係がまったくないので、これらは独立して作られたとわかります。
あらかじめ選んだ限られた数の円の弧だけで絵を構成しているから、三枚の絵が調和して見える。

優れた画家は、文法レベルの知識は自然に獲得する。
シンタックスのレベルは工夫されたものであるから、過去の作品から学ぶことが可能です。
その知識を不十分として新しい技法を発明するのが天才です。

前のブログで書いたように、懐月堂がすでに要構造を使っていたのは確かですが、
それを北斎が学びとったのか、あるいは再発見したのかは、
個々の作品の分析が進まないとわからない。
シンタックス独自の、形を作る工夫は、知性による構造分析なしには、はっきり見えてこない。
想像力とは知性の発現であり、それがサインのレベルの表現法を学ぶ以前に、視覚文法的に発揮されるのが芸術である。
これまでの芸術研究は、ドキュメントの研究にすぎず、
芸術そのものの研究は、
デジタルイメージが容易に手に入りつつある、これから始まると言ってよい。

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テーマ : 絵画・美術
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写楽時代の北斎による,失われた相撲絵の重要性 「写楽は誰」Ⅷ

これまで写楽の正体を明らかにしてきましたが、ついでにいくつかの疑問点について描いてみます。
「浮世絵体系」の「写楽」によると、”版下絵として知られている芝居絵九点と相撲絵九点は偽筆の疑いが濃厚である”とあります。
前回、芝居絵が重要な作品であると、そのうちの一点のかなめ構造図によって示しましたが、
今回は、相撲絵の重要性について書きます。
このシリーズは初期浮世絵と同じで、
着物の形の抽象的な面白さが主目的です。
要構造のモデルを作ってみます。

すもう1
  写楽 陣幕
すもう2
一番大きな円が褐色、次が暗いピンク色、三番目がオレンジ、四番目が緑で示しています。
左ほぼ中央の黄色の十字点でこれらの四つの円が交差しています。

3すもう
太めにした二つの緑の円の上に四つの要点がおかれている。

すもう4
オレンジの円は四つのかなめ点のあるのが一つ、三つあるのが二つ。

もうひとつ「雷電」の要のモデルを作ってみます。

すもう5
   写楽  雷電
すもう6

すもう7

すもう8
一番大きな褐色の円、次に大きなオレンジ、三番目の緑と紫が一点で交わっている。

並べてみれば100%作者が同じと確信できます。
すもう9
 写楽 「奴」と「陣幕」  宗理 「波裏ファーストバージョン」

おそらくこの時期北斎は初期浮世絵に興味があったに違いない。
やりかけの懐月堂のかなめのモデルを示しておきます。
kaigetudou1.png
懐月堂安度  

これで写楽の全作品は百四十数点ではなく、百六十数点になりました。
もちろんギリシャの扇絵は問題外です。

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写楽の中期後期の作品も北斎の大胆な実験だった 「写楽は誰」Ⅶ

モダンアートの分析からはじめて、芸術の文法を説明してきましたが、
文法レベルでみると、「写楽は誰か」の答えが見えてきたので、道がそれてしまいました。
ついでに写楽の全作品が北斎によるものだと、モデルで簡単に証明できるので、示しておきます。

全身像1

今この問題を、最短に考えなおすと、写楽が北斎であるヒントは「北斎漫画」にある。
北斎漫画は、真ん中の図のように幾何学的な形で基本構造を作っておいて、それにかぶせて線をひくという、
素人が簡単に絵を描く方法を教える目的で描かれたものとして知られていますが、
これだけで漫画の図版が描けるというのではない。
どういう目的で描かれたかではなく、どのように北斎が描いているかをみると、
左の模様のように、右のナマズの絵は外郭線がそのままの円弧の連なりになっている。

これは写楽の描き方です。
もっともありそうなことは、北斎が写楽と名乗った時代に、すでにそのスタイルを発明していたということです。

ウィキペデアなどに写楽の中期後期の作品は前期の作品に比べて劣っているとあるが、
写楽を肖像画家としてみるからこうなる。
すべての写楽の作品を、連続して変わっていったフォーマルな作品として見れば、スタイルの変化は北斎が様々な実験を試みたからだと予想できます。

今回は写楽の全身像を分析してみます。
このシリーズは一つ一つの絵が独自で、全体としてもバラエテーに富んでいるのに、なおざりにされている。
言葉に頼る批評は限界があるので、美術史に取り上げられない作品があまりに多い。
前世期で最も重要なピカソ、クレーの”イズム”に収まりきれない作品が批評されないで取り残されている。
批評がサインのレベルにとどまることによって、形としてのモダンアートの意義は理解されないでいる。
芸術家は形で考えるから、モデルの発明が必要です。
視覚文法のレベルで芸術作品のメカニズムを解明するのが芸術学の第一歩と考えます。

zennsinnzou2.png
写楽 大谷広次の奴

このスタイルは二次元の彫刻のようなものである。
顔が小さいから表情ははっきりと見てとれなくて、面白さは全体の形にある。
この見かたができないと、同じ顔をしている初期浮世絵はわからない。
マイヨールの彫像の顔はすべて同じようで、ポーズの違いが新しい形を作っている。
あるいはダンサーの一瞬をとらえたイメージと言ってもいい。
このどっしりとした仁王立ちでありながら、躍動感があるのはどこからくるか。
形のありようがそのように見えるからだ。
モデルを作ってみます。

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   写楽 大谷広次の奴 円-円弧モデル

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   写楽 大谷広次の奴 円弧モデル

これらのモデルを見ると、写楽の興味が全身像の絵に移ったとわかります。

朱色の円と円弧だけのモデルを作ってみます。
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   写楽大谷広次の奴 二番目に大きい円の円-円弧モデル

一番大きな円は褐色で、二番目に大きな円は見やすくするために、オレンジ色にしてあります。
円がいくつかの黄色の格子状の一点に集まっているので、要構造と呼ぶことにします。
円自体は見えない、隠された構造ですが、着物のほとんどが、画面全体を覆う円の内部におさまっていて、
明らかに構造をまとめる効果がある。

次に三番目に大きな黄緑の円と青緑の円のモデルを見てみます。
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   写楽 大谷広次の奴 三番目に大きい円の円-円弧モデル

人物下部をまとめるのが黄緑の弧です。
要は下腹のほぼ中央で、花弁のようになっている。
青緑の円弧は写楽のよく使うペアの額と横髪の弧で、弧のふくらみの方向を意識的に使っている。

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五番目に大きなオレンジの円-円弧モデル

家紋を作るオレンジ色の円弧は浮遊するシャボン玉のようなゆるい関係を保っているが、
肘、手首、髷、顎などの、形の外郭の、曲がりの急な突出部を表現する役割を担っている。

版下絵は「浮世絵体系」では参考作品の扱いです。
解像度のいいイメージが見つかりませんが、一つだけモデルを作ってみます。
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写楽 版下絵

写楽がすでに描いた三つの全身像を主題として、要の構成法でまとめたポリフォニックな実験作で、
これらがあるからのちの宗理時代の風景画や、風景の中に配置された美人群像があると言っていい。
次に示す「波裏ファーストバージョン」の要構成のモデルをみれば明らかです。

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宗理(北斎) 波裏のファーストバージョン 「おしをくりはとうつうせんのづ」

中央下の舟が四つの違った円の弧でできていると前に書きましたが、
この要構成モデルを見ると、
それら四つの円が、一番左の十字点で交差しているのがわかります。
三番目に大きな赤の円は二つのかなめ 
を持っているので、赤とピンクで色分けをしました。
二番目に大きい黄緑の円の要は三番目の十字点、
四番目の空色の円の要は四番目の十字点となります。
要構造だけでも、写楽が北斎であるという決定的な証拠となる。
春朗のスタイルから宗理のスタイルへの飛躍は、写楽時代の実験なしでは不可能である。
このようにシンタックスレベルで見ると、春朗、写楽、宗理 (ShunRo-ShaRaku-SouRi) は自然の移行と見える。

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