セザンヌの直観的シンタックスとモジリアニの意図的シンタックス

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  北斎 「略画早指南」/セザンヌ 「六人の水浴者のためのデッサン」/モジリアニ「カーヤテド」

絵も装飾も建築も、基本的に視覚文法に従って、同じ幾何学的要素からできている。
北斎は、「北斎漫画」を見ればわかるように、絵と装飾は同じ部類であると知っていた。
ルネッサンスの芸術家は建築、装飾、彫刻にも精通していた。
純粋芸術というものはなく、注文に応じて作られる実用芸術品であった。
芸術とは、時を超えて生き残ってきた傑作で、すでにサインとしての機能を失った、いわば貝殻のようなものである。
その形の幾何学的性質が、見る人に快感を与える。
芸術家は新しい視覚効果を与える形の発明家である。

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   セザンヌ 「六人の水浴者」 リトグラフ

この「六人の水浴者」の左の人物のドローイングは、リトグラフを刷ってから、それを見て描いたように見える。
下肢の部分が見えないのに足裏がほぼ定位置に描かれている。
線の曲がりがためらいなく慎重に描かれている
弧が目にとまる最小単位とすれば、
弧の連続はメロデーで、
それが裸像のような一つの形を形成すれば、モチーフになる。

セザンヌはアカデミックな教育を受けていなかったので、古典的な作図法の知識はなかったはずで、
調和のセンスだけで、このバランスのとれた構造をつくりだしたとおもわれます。
この絵は七つの円だけで弧のモデルを作ることができる。
曲がりの違う弧が群れとなって偏在しているのがわかります。

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  セザンヌ 「六人の水浴者」弧のモデル

前に作った「六人の水浴者 リトグラフ」の円-弧のモデルは、一番目と二番目に大きい円が全体構造を作っていることを示すためだったので、
今回細部を描き加えて見ました。

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  セザンヌ 「六人の水浴者」円-弧のモデル

左と右の人物を拡大してみます。

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三つのピンクで示した大円が主の構造になっている。
一番上の円は腿の下部の延長線で、六個のをのせている。
背骨の線の延長である円には、四つの要がある。
三番目の上にも四つある。

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この裸像は腕の線の延長である緑で示した最大円が主になって、
ピンクの円は全体にかぶさらないで、両側から半円状に使われている。
小円のほとんどは大円で作られた要を通っている。

楽譜を読めない人でも、
いろいろな歌を聞いて歌っていれば、
スケールのセンスができてきて、
自然に、楽譜に合った音でどうにか歌えるようになる。
知覚は外界を単純化してとらえる。
セザンヌは、印象派のグループの中では珍しく、
ルーブルに通って古典画を見たり、マーブル像をドローイングしたりするのを好んだと言います。
趣味判断のセンスが異常なまでにできていたから、
自然に調和のあるコンポジションを作ることができた。
調和のある作品には特殊な構造がある。
モダンアーテストはセザンヌの調和のための直観的技法に気づいて、
それを意識的に使った。
技法が容易に見てとれる作品がモジリアニの「Caryatid]のシリーズです。

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モジリアニ 「Caryatid] 要のモデル

この作品の特徴点をあげてみます。
Ⅰ)六つの円のスケールからできている。
Ⅱ)二番目に大きい円(緑)をもとにして要構造を作っている。
Ⅲ)これらの要が三つ以上置かれている線が十一本あり、そのうち六本が一点で交わる放射状構造になっている。

要がどのような構造の上に乗っているかによってオリジナルなコンポジションができる。
これまでに目にとまった傑作群に、新しい構造を探すのが、これからの課題となります。

誰もシンタックスの豊かさと可能性について語らなかったのが、
一見モダンアートがゆきづまったように見えた原因です。

芸術とは独自のシンタックスに基づいた傑作であるから容易に見つかる。
作品はたいてい応用芸術として作られるから不純物を含んでいるが、
趣味判断力がガイガーカウンターのように反応する。
無数にある絵の中から、芸術要素の多く含まれているものは簡単に識別できる。
これがおそらくすべての創造的作業に必要な直観的認識力である。
モジリアニのような天才だけが、
過去の作品の純粋部分を見つけて、シンタックスを発明して、
より純粋な、新しいパターンを作りだす。

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ピカソもマチスも同じ流派 モダンアート再考Ⅳ

抽象画はセザンヌ以後の、モダンアートの究極のスタイルであるという通説があるが、
カンデンスキー、マレーヴィッチなどセザンヌに技法的に直接つながらないタイプもある。
マチス、ピカソはセザンヌのスケール技法の伝承者である。
フォービズム、キュービズムなどのイズムによる芸術スタイルの分類は表面的であるから、
文法的に個々の作品を見て、再編成されるべきである。
セザンヌを最初に理解したこの二人に共通する点を見てみます。

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Cezanne Bathers/Matisse Pink Nude/Picasso Woman with Flower

前回までに、左の二つの作品は、限られた弧のスケールからできていて、要構造を持っていることを示しました。

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Cezanne Bathers circle-arc model

このセザンヌのリトグラフは、
色に頼らないで、線だけで構成された、
サインのある、したがってセザンヌが完成したとみなした
セザンヌの造形思考の理解のキーとなる作品です。

「ピンクヌード」は二十二の途中のヴァージョンが記録されている力作です。

ピカソの三十年代の作品は完成された、調和感を持つ作品が多い。
その中から、要構造を予想できる作品「花を持つ女」を選んでみました。
要構造モデル同心円スケールモデルを作って、前回作った「ピンクヌード」のモデルと比較してみます。

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Matisse 「Pink Nude」 circle-arc model

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Picasso「 Woman with Flower」 circle-arc model and concentric scale

「ピンクヌード」では一番大きな黄緑の円が主調円ですが、
「花を持つ女」では、三番目に大きい水色の円が基礎構造を作っている。
要が多く置かれている二つの円を明るめにしてあります。
右側の円には、要が五つ、左の円には四つあります。
スケールダイアグラムを見ると、
ピカソのはマチスのよりも均質でなく、
円の個数は、マチスの五に対して、十一と多い。

セザンヌを理解した画家はセザンヌのスケールの効果を見抜くことができた。
これがセザニストの条件です。
キュービズムの代わりにセザニズム(あるいはアーチズム)と呼ぶと、初期のセザンヌの影響を受けた画家を一つにまとめることができます。

最初に円-弧モデルを工夫したのはブログ「写楽は誰」のためでした。
ブログは本と違って、一つ一つが独立して読まれることが多いから、
これまで作った浮世絵の要構造モデルをあげてみます。

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写楽(北斎) 「大谷広次」

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宗理(北斎) 「波裏」

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懐月堂

この円-弧モデルの比較だけで、写楽は北斎であると、あっけなく断定できました。
さらにモダンアートと浮世絵は独立して同じ技法が使われていることを、実例を増やして、実証していくつもりです。
スタイルが洗練されてくると、
描線は弧の連続となり、調和のセンスのある画家は弧の延長線である円も意識するようになって、
要構造を使うようになる。
これが芸術化現象です。

時と場所を超えて見られる普遍芸術だけを固有の名前(Formal Artとか造形芸術とか)呼ぶことにすると、
いま直面している多くの芸術上の問題が解決する。


モダンアートと浮世絵の二つのグループのジグソー数片がまとまり始めて、
あちこちにほかのグループが浮島のようにできてきて、
やがてすべての島がつながる。

芸術は網膜上に投影されるイメージの形であると定義すると、
すべての形は幾何学的であると言えるから、
その視覚効果は計測可能の科学となり、
その未来の展望は計り知れない。

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調和のスケール(マチスのピンクヌード) [モダンアート再考」Ⅲ

絵画すなわち芸術、ということではない。
売れる画家は普通、売り絵を量産するようになる。
画家が自然の欲求に任せて描く時、傑作が生まれることがたまにある。
それが純粋芸術である。
すべての作品を分析する必要はないから、デジタル作品が無数に増えても問題ない。
興味を持った作品を、趣味判断が自然により分けることができる。
傑作とはなぜそうなのかをモデルを工夫して考えるのが、フォーマリズムの分析法です。

何度も描き直した曲線は弧の連続となるというのが視覚文法の原則ですが、
ここにいい例があります。
マチスのピンクヌードは、六か月にもわたった制作の過程が二十二枚の白黒写真によって記録されている傑作、
と言われています。
前にもこの作品を取り上げましたが、その時はまだ円-弧のモデルを工夫していなかったので、このモデルを使ってみます。

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   マチスのピンクヌードとその最初の日に描き終わった時点での写真

最後の絵のモデルを作ってみます。
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  マチス 「ピンクヌード」 円-弧モデル

一番大きな円の要構造は七つもできていて、
五種類の円だけで大まかな構造を作れるとわかる。
これらの円を同心円状に並べてみます。
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調和の同心円 ピンクヌードのスケールダイアグラム

この絵の調和感は、はっきりと違いが見てとれる五つの円によるスケールからできていることと関係がある。
明快なスケールは洗練された芸術の必要条件である
これらの円を最初の写真作品に当てはめてみます。
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   マチス ファーストヴァージョンの写真

はっきりと曲がりをもった線はすべて、これらの五つの円の弧で置き換えられる。
五つの円の弧はモチーフとして初めからできていたことになる。
おおきな違いは最終形では黄緑で示した最大円が一番多く使われているのに対して、
最初のヌードでは、二番目の大きさの朱色の円が一番使われていることです。

ここで二十二のヴァリエーションの円-弧モデルの比較をしてみます。
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  マチス  ピンクヌード 22の写真の円-弧モデル

円-弧モデルで各々の絵のスケールの違いを比較できる。
一番下の列の二つの図を比較すると、
最終段階で、最初の絵ではっきりと描いた五種類の円が残って、
黄緑の最大円を、下肢に優先的に使ったとわかる。
この最大円を優先的に使って絵をまとめる方法は、
前に書きましたが、北斎が「遠眼鏡」で使っている。
最初と最後の絵の間に描かれた二十の絵は、
一つの具象画が抽象的になって完成する過程を示しているのではなく、
はっきり弧になっていないあいまいな線に、どの円の弧を使うかをさがしてスケールを決める試みであった。

これまで書いてきた傑作の解析では、
十三個より少ない円でモデルができています。
この数は視覚が曲がりの違いを区別できる数といえる。
これが音楽の十二音スケールと似ているのは、偶然ではない。
人は外界の現象をアナログ(連続する量)ではなく、デジタル(とびとびの量)にとらえる。
(アナログ的な美術教育のデッサンは、無意味どころか、アナクロな有害物です。)
知覚能力は素朴で、かなりあいまいであるから、
せいぜい十二、三のスケールで外界をとらえるようにできているらしい。
視覚能力が最初に発現する。
これに上乗せした構造として、
聴覚能力などのほかの知性ができてくる。
芸術作品が普遍的で、どこの文化圏でも重要だったのは、このためです。
今これが無視されて、潜在的天才が凡庸教育を受けている。

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マチスの[ダンスⅡ]に見られる、調和のためのシンタクテックな技法

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   マチス  ダンスⅠ  ダンスⅡ

ドローイングを描き直すと、線の曲がりを意識するようになる。
一度に意識できるのは一種の曲がり具合だけなので、
その曲線は弧になる。
いくつかの弧のバランスを取ろうとするとき、
弧の延長である円を意識している。
それで円の関係が要状になる傾向がある。
この構造が調和感を出すことに気づいた天才はそれを意識的に技法として取り入れる。
この過程が見られる、いい例がマチスのダンスⅠとⅡです。
左側のダンスⅠの、一番左の裸像だけがはっきりとした線で描かれている。
この描き方ですべての裸婦を描いてみようと思ったのが、二枚目の絵を描く動機であったと想像できます。
右の絵のほうが丸みを帯びて、調和のとれた、リズミックな構成になっている。
輪郭線を弧で置き換えてみます。
六個の円の弧で十分です。
六つの弧のスケールでできていると言ってもいい。

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    マチス  ダンスⅡ  弧のモデル

それぞれの弧を延長して、円-弧のモデルを作ってみます。
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   マチス  ダンスⅡ  円-弧のモデル

ピンクの円が基礎構造となっているのがわかります。
ピンクだけのモデルを作ってみる。
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   マチスⅡ  ピンクの円-弧モデル

円が三つ以上交差する点を要とよんで、十字で示します。
要が線上に並んでいます。ほぼ中央の垂直線上に三つ、二つある水平線の高いほうに四つ、低いほうに三つあります。
画面に完全に入っている濃いピンクの円が二つあり、左の円上に四つ、右の円上に三つの要があります。
さらに右少し下にある薄いピンクの円には、六つの要があります。

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   マチス  ピンクと青の円-弧モデル

ピンクの円の交点に、青の円の要が一致するクロスを明るいピンクにして、
それ以外のクロスを黄色にしています。
一番おおきなピンクの円の弧が基調となって、一番数の多い青の円の弧が、
主調のメロデーのように、調和感を出している。

語られなかった、あるいは秘密にされた技法は美術史の中にどれだけあるのか、予想がつかない。
未来の芸術家にはそれを探る喜びがある。
いまどきの美術、音楽が一見行き詰っていると見えるとしても、
それは商業美術界あるいはジャーナリスチックな雑誌が紹介するものだけが、目に触れるからにすぎない。
テレビ、雑誌、美術展などの時代遅れの芸術環境は、長い間、芸術を生みだしてきていない。
インターネットで、過去の傑作のデジタルイメージを積極的に探して見るだけで、近未来を予想できる。

デジタル時代は真の芸術家にとって、最高の時である。
すでに説明したように、デジタル画像を十分に見れば、写楽が北斎だと、誰でも簡単にわかる。
初期浮世絵、初期ルネッサンス絵画だけでなくロマネスクミニアチュアの画などに見てとれる技法の数々が
発見されるのを待っている。
シンタックスレベルでの発見の時代である。

ルネッサンス期の代数は、
計算試合で、解法を秘密にして計算結果だけを競い合ったというのが始まりだったと言います。
解法の方程式を公開して代数になった。
音楽の記譜法のようなものを誰も工夫して説明しなかったから、美学が学問となれなかった。
インターネットで見られる傑作を、
シンタックスレベルで分析していくだけで、
芸術も科学になる。
画家は、将棋名人のように時代遅れで、
AI 芸術家にかなわない。
過去の将棋の名勝負を知り尽くしたAI がこれまでだれも使ってこなかった将棋の手を発見すると言います。
デヴィッドコープ(David Cope)のエミーがバッハを作れるように、
AIアーテストが写楽やピカソを作ることができるはずです。
さらに一般美学を理解できるように研究が進めば、
まったく新しい作品が可能に違いない。
すべての名人を打ち負かしてしまったら、藤井四段は数学者にでもなるしかない。
若い芸術家も、
論理的思考法を学んで、科学として作品を研究すれば、
実験芸術家としての道は開けるかもしれない。

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モダンアート再考 セザンヌのスケール

感覚器官は外界を単純化して感知する。
音をスケールにとらえて聞くのは自然の性質である。
誰でも曲がりの程度の違う弧を見分けることができる。
同じ曲がりの曲線は円の一部の弧である。
同じ円の弧をいくつか調和的に配置しようとすると、
その基礎の円の関係が、自然に要構造に近づく。
その効果に気づくと、それを技法として使うようになる。
写楽(北斎)や懐月堂は明らかに要構造を工夫として用いたことを、前回までに示しました。
この構造は時間場所を超えて、さまざまな芸術家に発見されたはずです。
その発見過程をセザンヌの作品に探してみます。
セザンヌがシンタックスを使っていそうな絵の、比較的早い時期の絵を選んでみました。

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Cezanne [Basel Five Bathers] 1885-87

セザンヌのこの絵は話題性のある絵でいくつもの画集、本で見る機会があった。
バーゼル美術館所蔵なので、「Basel Cinque Baigneuses (Basel Five Bathers)]として知られている。
”醜いけれども、力強いので気になる”というのが、初期の理解者の感想だったようです。
セザンヌが”(今)芸術に必要なのはプッサンを自然に倣って描くことである。”と言ったそうですが、
セザンヌのほかの水浴画は、自然の光の中にいるように、緑色、青色が優勢の画面なのに、
この絵は褐色がかってほとんどキュービズムの絵のようである。
遠近法に従わない空間の中の、解剖学的プロポーションを無視した裸体が
一般に受け入れがたいのは容易に想像できますが、
輪郭線のかなりの部分がはっきりと黒く描かれているので、
ピカソ、マチスが影響を受けたのはこのタイプの絵だったに違いない。
ポーズの違う五人の裸像のこの絵は、
左下の布はアヴィニヨンの娘を思い出させるし、
左上に垣間見える地面と空の境界線はマチスのダンスを思わせる。
バーゼル美術館の回顧展のカタログに載っているこの絵の見開きに鉛筆のスケッチがあります。
これと絵を比較してみます。

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  鉛筆のスケッチと「バーゼルの五人の水浴者」

輪郭線がかなり無造作な、何本もの線で描かれているから初期のドローイングのようにも見えるが、画面を十六のマス目に分割してある。
それぞれの裸婦の体の部位がほぼこのスケマに従っているので、コンポジションは計画的といえる。
裸像の輪郭線は単純化されて、かなりの部分が単純な弧状の線に見える。
弧に見える部分に弧を描いてみます。

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Cezanne [Basel Five Bathers] arc model

青色の弧が一番多くて目立っている。
各々の弧を延長して円-弧のモデルを作ってみます。

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Cezanne [Basel Five Bathers] circle-arc model

青の円が要構造になっているのがわかる。青の円だけのモデルを作ってみます。

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Cezanne [Basel Five Bathers] blue circle-arc model

計画的か、自然にできたかはともかく、要構造になっている。
これに気付いたのがピカソとマチスで、
このセザンヌの影響はキュービズムというよりもアーチズムというべきです。

1890年代後半に作られたリトグラフは署名してあるので、セザンヌがその出来に満足していたといえるから、
その時点での、さらに進化したセザンヌの美学がよく読みとれる。
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Cezanne [The Bathers] lithography 1896-97
ボリュームなしで、色も後付けだから、造形的にはセザンヌのもっとも完成した作品と言えます。線の上に弧を描いてみます。

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それぞれの違いが識別できる大きさの七個の円で、大体の構造を再現できる。
これをスケールと呼ぶことにします。
次に弧を延長します。

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一番大きな緑の円と次に大きなピンクの円が要構造を作っているとわかります。
まず緑の円のモデルを見てみます。

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要が三つその上に乗っている円が二つありますが、それらを濃い緑にしてあります。

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ピンクの円は左下と右中央にグループとなって効果的に使われている。
セザンヌは色をあらかじめ決めてその範囲で配色していったということは”セザンヌのパレット”として、よく知られていますが、
形の最小単位である弧の元となる円の数も制限して構成した。
これはスケールと言っていい。
さらにそれらの円を要状に配置することによるバランス効果にもほとんど気づいたように思われる。
マチスは[ダンスⅡ]でこの技法を意識的に使っている。

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